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<6月号の目次>
◎ 売り手・買い手・商品が“名乗る”時代 ─ NIKEとAmazonの再接続からみるID基盤の再構築
◎ Walmartの設備投資・資本配分が描く次の市場
◎ 生成AI時代に問われる内製か外注かの意思決定
◎ 【コラム】ビッグマック480円から見えてくる日本の現在地
◎ 【コラム】MAD MANが読み解く日本発ニュースの現在地
売り手・買い手・商品が“名乗る”時代 ─ NIKEとAmazonの再接続からみるID基盤の再構築
2025年5月号 Vol.126にて『NIKEがD2CからASINヘ ─ ブランド戦略の再構築』と題し、D2C(Direct to Consumer:自社と顧客の直接接点)」を志向していたNIKEが方針を転換し、Amazonでの販売を再開した背景を紹介した。
NIKE、Amazonでの販売再開へ。6年ぶりの雪解けと販売業者に広がる波紋
2025年5月22日 DIGIDAY日本語版
出所: https://digiday.jp/modern-retail/
<以下抜粋>
・NIKEは2019年に終了したAmazonとの卸売提携を一部再開し、製品の直接供給を開始した。
・Amazonは一部販売業者に販売終了を通知し、在庫売却の猶予期間を設けて対応している。
・NIKEは自社の在庫圧縮とデジタルチャネル強化の一環として今回の動きを選択した。
本章では、NIKEのAmazon再参入が示す「三者一致=三方よし」のID基盤構造について、より身近な事例を交えて紹介する。
「売り手ID・商品ID・買い手ID」が、Amazonのような信頼性のあるプラットフォーム上で相互に連携し、可視化される構造に対して、消費者や事業者の双方からの注目が集まりつつある、という様子を補足する。
■日本の「コメ流通」が映し出す三位一体の不一致
以下のメルカリ上での事案(参照記事)は、日本におけるコメ流通において「三者の不一致」がもたらす構造的課題を示す身近な事例だ。NIKEの流通戦略転換と対比することで、新たな視座が得られる。
メルカリ 政府の備蓄米の出品を禁止
2025年5月29日 NHK首都圏News Web
出所:https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20250529/1000117948.html
<以下抜粋>
「メルカリ」は、運営するフリマアプリで29日から政府の備蓄米の出品を禁止すると発表しました。生活必需品である米の転売などを防ぐためで、企業の間で対策を取る動きが相次いでいます。
発表によりますと、メルカリは29日から運営するフリマアプリで政府の備蓄米の出品を禁止します。転売などによって生活必需品である米の適正な取り引きが阻害されるおそれがあるためだとしています。
メルカリでは、出品者の個人情報(IDや住所など)開示は不要で、購入者とのやり取りもアプリ内で完結する。これは匿名性の高さと引き換えに、取引の信用構造の脆さを招いている。
さらに、同社の利用規約では、食品(特にコメ)の再販は禁止されていたにもかかわらず、実際には既定の抜け道を通じて出品がおこなわれていた。運営側も「出品禁止」を発表するにとどまり、根本的な対策とは言いがたい。
違反への対応も、目視による検知後のアカウント停止といった事後的な処理に依存しており、ID単位での規約順守を担保する仕組みにはなっていない。ゲートキーパーとしての機能不全が露呈している。
■NIKEの戦略転換:D2C偏重からハイブリッドへ
NIKEが米国Amazonにおいて6年ぶりに販売を再開した意義は、単なる販売チャネルの拡張ではない。ブランドとしての流通戦略、顧客との関係性の再設計を意味している。
ジョン・ドナホーCEO(当時)主導のもとで進められていた2019年のD2C偏重戦略は、2024年10月に就任したエリオット・ヒルCEOの下で、その路線は転換された。
NIKEは過去5年間、特に2020年〜2021年の外出自粛期を含む時期において、D2Cモデルに内在する課題を明確に認識するに至る。2019年当時は、D2Cによって中間業者を排除し、顧客との直接的なつながり(データ)を持つことで利益率を高められるという点が、大きな魅力として捉えられていた。
しかし実際には、膨大な商品の物流コスト、顧客対応業務の負担、さらにはフルフィルメント機能の自社内実装といった要素が想定以上に高コストであった上に、売上も継続的に減少していた。
本来の「オムニチャネル戦略」は、D2C一本足打法を意味するものではなく、卸売チャネルとD2Cを組み合わせ、相互に補完しながら市場でのブランドプレゼンスを最大化するという考え方に基づいていた。NIKEはこの原点に立ち返り、5年の試行錯誤を経て、D2C単独路線の拳を降ろす。
2025年、エリオット・ヒルCEOの方針転換により、同社は卸売パートナーとの関係再構築に着手。具体的には、「Dick's Sporting Goods」や「Foot Locker」といったスポーツ用品専門店に加え、フランスの老舗百貨店「Printemps」など、複数の小売企業との取引を開始している。これはD2C偏重から脱却し、バランスの取れた「ハイブリッドチャネル戦略」 へ移行する意思を明確に宣言している程だ。
■「三方よし ID」の構造と定義
本レポートが紹介する「三方よしのID」とは、以下の3つのIDが共通のプラットフォーム基盤上で機能する構造である。
- 商品ID(Product ID):
物理的な商品を一意に識別するID。単純なUPC(Universal Product Code)に留まらず、シリアル化されたコードやRFID(Radio Frequency Identification)、デジタル製品パスポート(DPP:Digital Product Passport)、さらにはNFT(Non-Fungible Token)などの、より高度なシステムが生まれている。偽造防止、トレーサビリティ、在庫管理などの機能面からもその必要性は明らかだ。
- ユーザーID(User ID):
許諾のもとでプラットフォーム側が管理する消費者ID。LTV算出やパーソナライズの鍵となる。今後は単一プラットフォーム内にとどまらず、「IDパスポート」として多プラットフォーム間を横断する基盤へと進化する可能性がある。
- 販売者/製造者ID(Seller ID):
ブランド自身か、正規・非正規のサードパーティかを問わず、商品を販売・製造する主体を識別するID。流通チャネルの透明性確保や、ブランドの一貫性確保(偽造品排除)、価格戦略の管理、マーケットプレイスにおける契約履行のトレーサビリティに不可欠である。例として、同一のコメがイオンでもドンキでも販売される際、商品IDと販売者IDが一致していれば、消費者は購買履歴をもとに透明な価格比較や品質確認が可能になる。
上記の三種のIDがそれぞれの企業内で個別・閉鎖的に運用されるのではなく、NIKEとAmazon、さらにWalmartやFoot Lockerなど異なる企業間においても互換性を持たせたシステム上で、共通のプロトコルに基づき相互接続・一元管理される構造を指す。
図1:Amazon「マルチチャネル・フルフィルメント(MCF)の概念とWalmart出品者向け5%割引キャンペーンの概要

出典)Amazon.com(2025年6月10日)Google和訳
Amazonが進めるMCF(Multi-Channel Fulfillment)」は、こうした三者のIDをつなげる運用基盤の実例だ。注目したいのは、Amazonが競合ともいえるWalmartに対してもMCFを解放し、「5%割引キャンペーン」を通じて出品者を誘導している点だ(図1参照)。
この流れは、閉鎖型のD2C戦略よりも、オープンなID接続によるハイブリッドモデルへのシフトを象徴している。
■AmazonとWalmartにおけるID管理
Amazonは、認証済みブランドオーナーが自社商品のリスティングをより詳細に管理できるよう、ASIN(Amazon Standard Identification Number)をはじめとしたブランド登録制度の精度向上を先行して進めている。さらに、Amazonが展開するプロジェクト・ゼロ(Project Zero)は、ブランドが自ら偽造品の出品を削除できる。加えて自動検知による保護機能を提供するなど、ブランド保護の取り組みを一段と進める構えだ。
一方、Walmartも同様に、マーケットプレイス上で販売されるすべての商品について、GTIN・UPC・ISBN・EANといった商品IDの登録を義務付けている。これにより、商品識別の精度と顧客からの信頼性を向上させている。特に再生品や中古品については、新品とは異なる商品IDの登録を要求し、ID管理の厳格化と制度設計の高度化へと踏み出した。
■NIKEが加わるAmazonのブランド保護基盤
NIKEがAmazon上で自社製品のリスティングの正確性を保証し、同社の最先端のブランド保護機能(Amazonブランド登録・Project Zero・Transparencyなど)を活用し始めたことは、Amazonの基盤強化に対する重要な“共創”の一歩と言えよう。
今後、グローバルブランドであるNIKEと巨大プラットフォーム最大手のAmazonが連携し、商品IDの検証・認証プロセスをより厳密に設計・開発していくことが期待できる。
さらに、この取り組みに他のCPG(消費財)ブランドが共感し、Amazon上での「ID共通基盤プロジェクト」に参画すれば、既存のUPCを超える次世代型の商品IDシステムの実証、展開にもつながっていく。こうした取り組みは、Walmartのような競合プラットフォームにも波及し、「三方よしID」構造の加速を促すだろう。
■時間軸を超えたリセール市場の構築
「販売者ID」の公開、「商品ID」の厳格な検証、そして取引履歴を保持する「ユーザーID」の連携が一般化すれば、時間が経過しても「誰が・いつ・どの段階で売買に関与したか」が明確に“可視化”される市場の実現が可能となる。
具体例として、NIKEを頂点とする公式販売者が商品IDごとに認定され、その下に正規の卸売パートナーが広がり、さらにリセール業者がより“厳格な”運用基準のもとで参加する流通構造が整備されるイメージである(※2024年まではNIKEは再販をプラットフォーム上で明確に制限していた)。
こうした構造が整えば、NIKEを起点とし、他のスニーカーブランドやスポーツウエアブランドとの連携も視野に入る。結果として、「ブランド→初期購買者→買い取り業者→再販購入者(→次回の正規品購入へ)」」という循環型マーケットプレイスが形成され、リセール市場にも信頼と透明性が付加されていく。
とりわけ、NIKEがAmazonと連携し、販売者IDおよび商品IDの一元管理を進めることで、これまでサードパーティ・マーケットプレイスにおいて課題となっていた“無法地帯的な不正販売”の排除も現実的になってくる。
図2:キーエンスによる出品者ID・購入者IDと、無数のバリエーションを持つ商品IDをマッチングするシステム「MAKERZ」

出典)MAKERZ.co.jp
■商品IDとユーザーIDを統合する日本企業の事例:キーエンスの「MAKERZ」
キーエンスは2024年、資本金1億円でB2B電子商取引サイト「MAKERZ」を立ち上げた。これは、ファクトリー・オートメーション(FA)機器分野に特化したマーケットプレイスであり、日本国内ではあまり注目されていないが、NIKEとAmazonの先行事例を、ネジやクギといった工業用部品領域で実現した、日本発かつ世界初の取り組みだ。
同サイトにおいて提供されている「ZINRIKI(人力)」は、ユーザーが保有する部品リストとMAKERZ掲載商品のモデル番号(=商品ID)・価格とを照合可能にサービスだ。これにより、調達の現場では検索・比較・発注プロセスの効率が大幅に向上する(図2参照)。
一般には、NIKEのようなB2C小売モデルに注目が集まりやすいが、MAKERZはニッチなB2B領域を対象とし、正確な商品IDに基づくマッチングを通じて、複数の販売者情報を比較・選択できる新しい購買構造を構築している・・・
続きはMAD MANレポートVol.127(有料購読)にて
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