Vol.131 “在庫を持たない小売とは”──クリエイター・コマース時代の幕開け(前編)

Vol. 131 Oct. 2025 (1)


<10月号の目次>

◎ “在庫を持たない小売とは”──クリエイター・コマース時代の幕開け(前編)

◎ “在庫を持たない小売とは”──クリエイター・コマース時代の幕開け(後編)

◎ GenAIブームの先にある“自社最適化”の現実

◎ AIエージェントの裏側に広がる「接続の罠」MCP/A2A導入

◎ Arc’teryxが体現するD2C型グローバル・ブランド経営

◎【コラム】MAD MANが読み解く日本発ニュースの現在地



“在庫を持たない小売とは”──クリエイター・コマース時代の幕開け(前編) 

 

従来の自社販売(1st Partyモデル:以下「1P」、すなわち百貨店・スーパー・ドラッグストアなど)は「在庫リスク」「資本効率」「顧客リーチの限界」といった構造的課題を抱えてきた。一方、MAD MANレポートのキテカン(起点観測)で取り上げている「マーケットプレイス(3rd Partyモデル:以下「3P=出品型販売」)」は、成長段階にあるが、ブランド企業側にとっては価格およびブランドコントロールの難しさという根源的な課題が残る。

その中間領域として、小売業の新たな柱として急速に台頭しているのが、「クリエイター主導型アフィリエイト」を取り込む事業モデル「クリエイター・コマース」である。これは「店舗×オンライン×販売流通」を横断して市場を拡張させる可能性を秘める(図1参照)。

 

図1:My Sephora Storefrontの申込ページ

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出所)creators.sephora.com 

 

自社売り業態「1P」とセラー販売市場「3P」の間を繋ぐ新モデル

従来の1P小売業は、自社バイヤーによる目利きの発注・価格交渉に基づく「自社仕入れ売り」に限定されていた。OMO(Online Merges with Offline)として自社ECを導入しても、「自社サイト」への囲い込みに留まり、商品数は自社仕入れ範囲内(店頭や倉庫)、商圏も店舗立地と広告出稿範囲のみに留まっていた。

これに対して、AmazonやWalmartが展開する「フルフィルメントセンター(FC)」を用いた3Pモデルでは、外部セラーが自由に商品を仕入れ・販売する構造が形成されている(ノンエンデミックの広がり)。FCは数個分のサッカー場規模の倉庫をIoTとロボットで自動化し、「販売マシン」として最小の人手で受注から出荷までを完結させ、翌日配送を可能にしている。

このような大規模3P構造をさらに拡張させるのが、販売コミッションを分け合う「クリエイター・コマース」である。米国では、アフィリエイト・セラーを支援する小売業向けシステムが定着しつつある。

Amazonが導入した書籍紹介リンクに代表されるアフィリエイト方式は、その原型だ。しかし、クリエイター・コマースは単なる「お友達紹介」ではなく、SNSと連携した新たな販売チャネルを構築する点が特徴的だ。これはあくまで小売事業者側の仕組みであり、ブランド販売側のアフィリエイトとは目的が異なる。

本章では、このようなリテーラーとしてのクリエイター・コマース業態モデルを、Amazon、Walmart、Sephora、Ulta Beauty、Glossierなど米国事例を通じて整理し、日本での可能性を展望する。なお、中国圏で成長するTikTok Shop、TikTok Marketplace、ライブコマースは、米国での「TikTok規制法」成立を踏まえ、本稿では議論の対象外とする。

 

仕入れずに売る「クリエイター・コマース」

従来、インフルエンサーがブランド企業と契約し、新商品の紹介や認知拡大を担うアンバサダー型のプロモーションモデルが存在していた。特にスキンケア・コスメティック分野では、無償の純正PRではなく、「これは広告です」と明示したうえで報酬を得るケースが主流である。このように、SNSインフルエンサーとブランドとの関係は、いわば広告塔としての契約関係が大半を占めてきた。

しかし本章で扱うのは、ブランド側ではなく小売業側が主導するアフィリエイト・モデルである。これは、個別ブランドとのリテーナー契約やPay-per-Impression(広告表示課金)といった広告モデルとは異なる、新たなカテゴリーに位置付けられる。

このモデルでは、クリエイターやインフルエンサー、あるいは熱狂的なファンが第三者販売員(セラー)としてオンラインチャネルに参加し、自身の販売実績に応じてコミッション(CPA=成果報酬型報酬)を受け取る仕組みを持つ。報酬はブランドではなく小売業(例:Walmart)から支払われる点が特徴であり、その販売動機はブランド側の要請ではなく、クリエイター自身の「薦めたい」という自発的な思考に基づいている。

以下では、米国における小売業主導のクリエイター・コマース・プラットフォームの代表的な事例を紹介しよう。

 

① Amazonのデュアル戦略:スケールとコンテンツ生成の融合

Amazonは、自社が運営するアフィリエイト・セラー市場において、膨大な商品カタログとトラフィックを最大限に活用する「デュアル戦略」を展開している。

1つは、長年運用されている大規模アフィリエイトプログラム「Amazon Associates Program」である。出版社やブロガーなどのコンテンツ提供者が、自身のウェブサイトのトラフィックを収益化するための仕組みであり、数百万点の商品から最大10%のコミッション率を得ることができる。このプログラムは主に、既存メディア(ウェブサイトやブログなど)のトラフィックを販売に結びつけることを目的としている。

 

図2:日本版Amazonインフルエンサー・プログラムの申込ページ(左)および説明資料PDF(右) 

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出所)左: affiliate.amazon.co.jp/influencers
Amazon「インフルエンサー・プログラム」説明資料 

 

もう一つが、ソーシャルメディア・インフルエンサー向けの「Amazon Influencer Program」である(図2・3参照)。インフルエンサーは、Amazon.com上に自分専用のストアフロント(Storefront)を開設し、ライブ配信やショッパブルな動画・画像を通じて商品を紹介することで、フォロワーからの購買に応じたコミッションを得る。このプログラムは、単なるリンク共有型のアフィリエイトを超え、ソーシャルメディア上のコンテンツ起点で購買を促す仕組みとして位置付けられている。

 

図3:Top Creatorによるストアフロントの事例(Amazon.com内)


出所)Amazon.com  

 

このようにAmazonは、「Amazon Associates Program」によりトラフィック起点のウェブサイト経済圏をカバーし、「Amazon Influencer Program」によりコンテンツ起点のソーシャル経済圏を取り込む、という二重構造を形成している。両者を包括的に運用することで、デジタルコマースにおけるあらゆる顧客接点を掌握し、収益最大化とコンテンツ主導型エンゲージメントの両立を実現している。

 

■ ② Walmart:オムニチャネル対応のコミュニティ戦略

WalmartもAmazonに続き、「Walmart Creator Program」を通じてクリエイター経済の取り込みを進めている(図4参照)。このプログラムは、クリエイターが自らアフィリエイトリンクを作成し、パーソナライズされたストアフロントを構築できるほか、自身のパフォーマンスをリアルタイムに追跡・分析できる仕組みが整備されている。

このプログラムの最も特徴的な点は、「最低フォロワー数の制限がない」という開放的な参加条件である。この設計により、Walmartは特定の巨大インフルエンサーに依存せず、地域密着型や特定領域に特化したマイクロ・インフルエンサー(数千人規模)を数多く取り込む戦略を採用している。

 

図4:Walmart Creatorの申込ページ

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出所)creator.walmart.com(Google翻訳による和訳)

 

たとえば、ファッションやトレンド発信に特化したインフルエンサーでなく、地域農家が無農薬野菜や特産品の販売を紹介するような、ローカルコミュニティ発の販促活動も支援対象に含まれる。日本で言えば、「ふるさと納税」の紹介に近いイメージだ。このように、Walmartは規模を追うだけでなく、地域や特定層の育成を通じた顧客接点の深化を狙っている。

さらに、このWalmart Creator Programは、より広範なビジネスパートナーを対象とする「Walmart Affiliate Program」と明確に棲み分けられている(図5参照)。前者が純粋なコンテンツクリエイター層を中心としたエンゲージメント重視の設計であるのに対し、後者はエンタープライズや大規模なソリューション提供者を対象にしたパートナー制度だ。

こうした二層構造により、Walmartはオンライン上の販売促進にとどまらず、 リアル店舗への送客や地域経済との連携といったオムニチャネル型の購買体験の拡張を実現している。 すなわち、同社のアプローチは「販売チャネルの多様化」ではなく、“コミュニティとの共創による新しい小売基盤の構築”に焦点を当てていると言える。

 

図5:Walmart Affiliate Programの申込ページ

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出所)affiliates.walmart.com(Google翻訳による和訳) 

 

■ ③ Sephora:クリエイター向けプラットフォームの開設 

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セフォラ、クリエイターを支援する「
My Sephora」ストアフロントを開設
2025917日 Sephora Newsroom(英語版)
出所: https://newsroom.sephora.com/sephora-launches-my-sephora-storefront-to-empower-creators/

<以下抜粋、Google翻訳による和訳>
クリエイター主導のアフィリエイトプラットフォーム「My Sephora Storefront」をご紹介します。米国のインフルエンサーがショッピング可能なデジタルストアを構築し、フォロワーと厳選された商品レコメンデーションを共有できるプラットフォームです。

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Sephoraは2025 年 9 月、クリエイター主導のアフィリエイトプラットフォーム「My Sephora Storefront」を正式にローンチした(図6参照)。これは、米国のインフルエンサーが、Sephora.com上に自分専用のストアフロントを開設し、フォロワーと厳選した商品レコメンデーションを共有できる仕組みである。

このプラットフォームでは、クリエイターが自身の世界観を反映したストアを構築し、 SNS各プラットフォームと連動したショッパブルリンクを発行できる。また、Sephoraの会員制度「Beauty Insider Loyalty Program」とも統合され、人気ブランドや新製品へのアクセスが可能。さらに、Sephoraの強力なデータ分析・パフォーマンスインサイトとも連携し、クリエイター自身が販売状況を可視化しながら、効果的な発信を行えるよう設計されている。

図6の「Sephora Squad」というプログラムは、単なる成果報酬制の枠を超え、選抜されたクリエイターに対して活動費や報酬を支給し、 ブランド価値の共創を支援するプログラムである。報酬水準は5〜10%と比較的高く設定されており、Sephoraが短期的な販売促進ではなく、長期的なコンテンツ・パートナーシップの構築を重視していることがうかがえる。

このようにSephoraは、単なるアフィリエイトを越えて、「ブランド×クリエイター」の協働によるファンベース経済の形成を推進している。My Sephora Storefrontは、その象徴的な取り組みと言えるだろう。

 

図6:My Sephora Storefrontのクリエイターが、自身のSNSと連動して商品を紹介している様子 

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出所)Instagram(#SephoraSqua) 

 

■ ④ Ulta Beauty:マスマーケット重視の成果報酬設計

Ulta Beautyは、米国最大級のビューティリテーラーとして「UB Creates Creator Program」を展開している(図7参照)。同プログラムは、インフルエンサーやクリエイターがUlta Beautyの商品を紹介し、販売成果に応じてコミッションを得る仕組みを採用している。

そのコミッション率は多くの商品で2%前後、カテゴリーによっては1〜4%の範囲に設定されており、同業他社と比較して相対的に低水準にある。また、ユーザーが商品をカートに入れてから報酬対象となる期間(クッキー保有期間)は3日間と短く、Sephoraの2日間よりはわずかに長いが、依然として短期成果型の設計となっている。

このような比較的低いコミッション率と短期型設計は、Ulta Beautyが既存トラフィックチャネルやアフィリエイトネットワークを通じた大量販売を優先し、クリエイター提携よりも「量的リーチによるマスマーケット攻略」に焦点を当てていると考えられる。

 

図7:Ulta Beautyによるクリエイタープログラムの申込ページ

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出所)Ulta Beauty 「Creator Program」(Google翻訳による和訳)

 

■ ⑤ Glossier:ブランド主導のファン経済「Generation Glossier」

Glossierは、D2C(Direct to Consumer)発のビューティブランドとして知られるが、自社サイト販売に加え、Sephoraを通じたリテール流通チャネルも展開(図8参照)。単なる製品販売ではなく、熱狂的な顧客コミュニティをブランド・アドボケート(擁護者)として育成・収益化するモデルを特徴としている。

同社のアフィリエイトプログラムでは、参加クリエイターに対して約4〜10%のコミッションを支払っており、これはSephoraとほぼ同水準の比較的高い報酬体系だ。報酬計算の基準は「純売上高(Net Sales Amount)」であり、ギフトカード、ストアクレジット、割引、送料、税金、不正利用などの費用は対象外とする明確なルールを設けている。クッキー保有期間は30日間と長期設定で、短期成果よりも長期的なエンゲージメントと関係性の深化を重視していることがわかる・・・



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