<3月号の目次>
◎ WalmartがVIZIO買収で実現するリテールメディアの姿
◎ NHK北米が放送から月額25ドルのストリーミングへ移行
◎ Coca-Cola社のビジネスモデルに伴走するアクセンチュア
◎ 【コラム】20年に一度のネーミングライツに秘められた価値
◎ 【コラム】MAD MANが解説する日本でのニュース
WalmartがVIZIO買収で実現するリテールメディアの姿
■リテールメディア広告の場所は「店内メディア」に閉じない
リテールメディア広告と呼称される話題があふれるが、日本では「店内メディア」という既存の概念に偏っている感がある。旧来から存在していた「店内POP・棚・チラシ広告」などがLEDディスプレーによりデジタル化されたとしても、これらは既知の店内メディアには変わりない。
他のチェーン店と協力し、店内メディア同士をデジタル・ネットワーク化(RMNs:Retail Media Networks)してスケール化をしたとしても、あるいはECサイトでのバナーやスポンサード広告のプラットフォーム上(オンサイト広告)であっても、店内のメディアに閉じた概念としよう。
Amazonのメディア広告の受注額は、2023年に6兆円(469億ドル)を超え、Walmartも同年には5,000億円(34億ドル)に達するなど、その莫大な金額と伸長率に注目が集まっている。両社は従来の店内に閉じたメディアの概念を超えた領域に達している。
この米国リテール2社に注目する背景には、ストリーミングによる優良な番組コンテンツが密接に結びつき、家庭のリビングにあるスマートTVの画面を通じて広告される商品が直接購入可能になるという大きな変化=「ショッパブルメディア(Shoppable Media)」への移行がある。これらをMAD MANレポート用語として、今年は「ストリーミング(番組)元年」と名付ける程の変化だ。
■WalmartがコネクテッドTVメーカー「VIZIO」を買収
その「ストリーミング元年」のシグナルとして、2024年2月にWalmartがコネクテッドTVメーカーである全米大手「VIZIO」を約3,400億円(23億ドル)で買収すると発表した(図1参照)。
これは単にWalmartがテレビメーカーのVIZIOをプライベートブランド(PB)化して販売することが驚きなのではなく、リテーラーのWalmartが自社コネクテッド・デバイスをリビング(お茶の間)に持つということが戦略として新しい。たとえば、日本のイオンが自社PBの50インチのスマートTVを1万円で売り始めたとすると理解しやすいだろう。
各家庭で日常的にテレビ番組を見る際に、リテーラーが直販するテレビを通じてブランド商品の販売と連動が始まった「元年」として紹介を続ける。
図1:米国のメディアではWalmartのVIZIO買収に対する「ビジネスモデル分析」の記事があふれる
出所)CNN Business 2024年2月20日
このWalmartのVIZIO買収は、まるでApple社がiPhoneデバイスで展開してきたビジネスに匹敵するようなインパクトを持つ可能性がある。一方、リテーラーとしてライバルのAmazonは自社デバイスを持っていないに等しい。Amazonが自社開発した「Alexa端末」や「Fire TV」などが存在するとはいえ、日本での利用度合いを見ても、そのデバイスの存在感の薄さに気付けるはずだ(米国でも同様)。
■VIZIOのスマートTVが家庭内のリテールメディアである仕組み
VIZIOは、米国において購買者1,850万件の「SmartCast」の広告付き番組チャンネル(無料)のストリーミング視聴アカウント(オプトイン)を保有している。Walmartは家庭とのコネクテッド口座を1世帯あたり約2万円で買収した勘定だ。
(参考:「SmartCast」サービスの全体概要《英文サイト》)
(参考:「Watch Free+」(図2参照)が無料で見られるチャンネル[260ch]やVOD番組[6,000タイトル]のリスト)
図2:上:VIZIOの起動画面とリモコンの「Watch Fee+」が標準メニューになっている(赤枠部分)
下:「Watch Free+」で通常のキー局(例:FOX)が時刻表付きで見られる
出所)VIZIO Watch Free+
■受像機側で視聴されているコンテンツを判別する「ACR」機能
技術的には、「ACR(Auto Content Recognition:コンテンツ自動認識)」という機能を覚えておこう。SmartCastを通じて、各家庭のVIZIO受像機で何が見られているのか(例:X-Boxのゲームをしているのか、NetflixのVOD映画を見ているのか)を自動的に読み取る技術がACRだ(日本のメーカーでも存在する技術)。
VIZIO画面上で閲覧されたコンテンツを、オプトインのID(VIZIO購入者の9割以上が申し込む)に紐つけられた状態で広告配信プラットフォーム側が把握し、VIZIOでパーソナライズされた広告配信につなげている。
(参考:「自動コンテンツ認識(ACR)」とは? -スマートTVがコンテンツを自動認識する技術 DIGI DAY日本語版 2022年1月22日)
日々のたとえ話として、VIZIO受像機をスイッチ・オンすれば、SmartCastはご自身の登録地域の最寄りのWalmart(日本ならイオンやイトーヨーカドー等)の「今日のお買い得品」をチラシのごとく案内してくれる(Walmartの毎週の来店者は2.4 億人)。もちろん「Walmart+」のメンバーアカウント(Amazonプライムのようなサブスクサービス)と連携させ、購買履歴などと連動させることが可能だ。
仮に日本で想像すると、NHKの「ハイキング番組」をリビングで視聴中に、番組に出演しているタレントが持つ登山用バックパックの広告を、手元に持っているスマホにリアルタイムで配信することが可能になる(図3参照)。
テレビ画面側でのサイド・バナー広告の露出は標準として、動画広告も配信できる。視聴者はスマートテレビを単独で見るだけでなく、今やスマホなどのセカンドスクリーンを片手に視聴している(むしろナシでは視聴しない)のは理解できよう。
ACRを活用することで、テレビとスマホの両方で連携した広告展開を可能にする。セカンドスクリーン(スマホ)のカメラ機能を使って、ファーストスクリーン(TV)に登場する「QRコード広告をスキャン」させるという手法がすでに古く、手間として感じられる。
図3:スマートテレビの映像が認識され、手元のスマホに関連商品の購買サイトが映し出されている様子(イメージ)
出所)Mountain.com
■VIZIOのビジネスモデルはスマートTVの販売ではなく広告販売
ここまでは消費者(視聴者)側のインパクトの紹介だった。次はビジネスモデル(Walmart側・ブランド広告主側)の視点で考えよう。WalmartはVIZIOのビジネスモデル(広告と番組コンテンツ)に注目して買収した。
VIZIO(NYSE上場企業)の事業をセグメント別にみると、「スマートTVの販売」部門が売上(Revenue)では主軸となるが、営業利益では約10億円(860万ドル|2023年)の赤字部門である。
その本業赤字を上回るセグメントとして、各家庭(お茶の間)のオプトイン・アカウント1,850万件への「広告配信」部門は営業利益が約500億円(3.65億ドル|図4の「Platform+」)の黒字部門である。そのため、会社全体では営業黒字というビジネスモデルだ(図4参照)。
図4:VIZIOの受像機収益(Device)と広告収益(Platform+)の比較
Gross Profit(営業利益)がDeviceは極小(赤字)でPlatform+が大半という利益構造が見える
出所)VIZIOの年次レポート「Form 10-K」 2023年度
VIZIOは営業黒字をもたらす広告主アカウントを約500社保持しており、これが「Walmart Connect(元Walmart Media Group)」と融合される(図5参照)。WalmartのVIZIO買収は500社の広告主アカウントの吸収として、このビジネスモデルを買収したと考えても良い。
この500社はWalmartの既存顧客(例:Walmartの棚でCPG商品を販売している既存ブランド)を含みつつ、さらにWalmartが事業拡張を標榜する潜在顧客(医療サービス・保険・金融などの重たいデータ側)への未来取引の窓口が開けたことになる。「お茶の間(リビング)」こそがリテールメディアとMAD MANレポートが称する一端がこの事例だ。
図5:現在の「Walmart Connect」の広告主側が配信コントロールする画面
今後このWalmartの現広告プラットフォームにVIZIOの1,850万件の番組コンテンツへ向けた配信メニューが加わる
出所)Walmart Connect
■エンドレスアイルの広がる概念
これまでは「消費者側」と「事業主側」の現在位置から見た、広告ビジネスモデルの技術的な解説だった。その先の「エンドレスアイル(陳列棚の無限拡大)」の未来を確認して結論づけよう。AmazonとWalmartが共に提唱する概念だ。
自社の物理的に限られた「実店舗の棚」や、無限に広がると思われていた「自社ECサイトの棚」よりも拡張した領域があるというのが最初の定義だった(図6参照)。
図6:筆者がChat GPT4にて「エンドレスアイル」の概念イメージを表現してみた
利用出所)Chat GPT4にて筆者作成
店舗での購買が、テレビでのコンテンツ視聴という日常の流れに乗ったり(自社ECサイトの外)、お茶の間で手元に持っているスマホにショッパブル(Shoppable)機能を持たせたりと、領域がさらに広がっている・・・
続きはMAD MANレポートVol.112(有料購読)にて
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