Vol.103 水素燃料トラックのインフラから取り組むトヨタ流マーケティングの第一歩

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6月号の目次>

◎【起点観測】広告エージェンシーとGAFAMの企業価値

◎ Metaが「国際データ越境・移転違反」の筆頭サンプルに

◎ 注目したい企業取締役の「DEI」

◎ 水素燃料トラックのインフラから取り組むトヨタ流マーケティングの第一歩

◎【コラム】Apple Vision Proは「一人称データ」か「二人称データ」のままか

◎【コラム】米国小売店頭の組織的万引きは年間10兆円

◎【コラム】Vice Mediaの破産申請


水素燃料トラックのインフラから取り組むトヨタ流マーケティングの第一歩

図1:トヨタ・ダイムラートラック・三菱ふそう・日野が
4社合同で行ったトラック事業における提携発表

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出所)トヨタ公式サイト(2023年5月30日)



MAD MANレポートとして「応援したいぞ、GOGO!」と思える日本の新規事業(=座組)が久しぶりに登場した。応援熱の背景にあるのは、

「日本国内のドメスティックに閉じず近隣国も視野に入れて、自社だけではなく他社にも声掛けして手を組み、政府の支援も仰ぎ、さらに新しい社会インフラを(市民の皆さまへ)自らのリスクでスタートさせて、なおかつ“地球にやさしい”事業を街と企業と双方向で目指す。これぞマーケティングの根幹そのものの邁進」

と思える意気込みだ。

図1と下記のリリースは、この意気込みを実現していると思えたので取り上げた。さて、MAD MANレポート読者のみなさんには「水素」をマーケティング視点で置き換えることを本コラムのテーマとしたい。AIDMAに代表される「Attention(=刺激や注目)」を起点とはせず、ゆるりと大きなプラットフォーム(インフラ・土台)から手を取り合ってつくるマーケティングとでも称してみる。

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ダイムラートラック、三菱ふそう、日野およびトヨタ、CASE技術開発の加速を目指すとともに、三菱ふそうと日野を統合する基本合意書を締結
2023530日 トヨタニュースルーム
出所:https://global.toyota/jp/newsroom

<以下抜粋>
協業内容は以下の通りです。
協業内容
ダイムラートラック、三菱ふそうトラック・バス、日野およびトヨタは、グローバルでのCASE技術開発・商用車事業の強化を通じたカーボンニュートラルの実現、豊かなモビリティ社会の創造に向けて協業 
・三菱ふそうトラック・バスと日野は対等な立場で統合し、商用車の開発、調達、生産分野で協業。グローバルな競争力のある日本の商用車メーカーを構築
・ダイムラートラックとトヨタは、両社統合の持株会社(上場)の株式を同割合で保有。水素をはじめCASE技術開発で協業、統合会社の競争力強化を支える
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「医療・金融・保険・教育」は、MAD MANレポートでよく話題にする4つの重い側のデータだが、今回は5つ目の「エネルギー」を題材とする。昨今のロシアや中国を起点とする世界情勢(紛争)には、かならずエネルギー(や金融)が引き金になっているのも馴染み深いだろう。

 

図2: 2022年7月号 Vol. 92で掲載した図表
下段はAmazon Primeのトラックが高速道路に数多く走っている様子(赤枠)
右の上下の写真は同時刻に撮影したFedEx(右上)とWalmart(右下)のトラックが走っている様子

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出所)2022年7月3日正午頃に筆者にて撮影@ニューヨーク近郊




エネルギーの話題を語るには、原油や天然ガス、石炭や(再生可能と称される)自然エネルギーなどの一次エネルギー資源だけでなく、最終的には動力や電力などのように工場や家庭用の二次転用、三次転用のエネルギーへと加工されて広がる。消費者目線では見えにくいエコマップが存在しているので、包括的な視点を抜いた部分的な議論は非常に難しい。

この見えにくい前提があるなかで、本コラムではあえて「トラック(=輸送の動脈の自動化)」について切り出してみる。社会インフラ(物流)としてのインパクトが大きく、マーケティングや事業構築を塗り替えるヒントを解説する。

図2は2022年7月号 Vol. 92で取り上げた「長距離トラック(の自動運転化)」の話題だ。このときの予言がついにトヨタ発、日本オリジナルの発想で組閣されたと思えるのが、図1のトヨタを中心としたトラック4社の合同発表だ。

■大きな出来事と感じられる4社発表の行間

クルマやトラックの動力車の単なる共同開発(紙芝居)に閉じない、次なるエネルギー事情(飴玉)に転換させるような大きくしたたかなできごとと言える。さらに、企業や事業の提携だけに閉じず、その向こう側には政府支援(インフラ支援)の呼び水としての価値もあり得る(後述:東名・名神高速道路、東京港湾、大阪港湾での備蓄や充填、発電施設)。

ここで鍵となる燃料が「水素」だ。動力としての候補はTeslaのような「電力バッテリー充電」ではなく、新しい柱としての水素。さらに、水素を電気として動力に使うか、はたまた水素を内燃機関(エンジン)として使うか。

用途車体は「大型・商用モビリティ(Heavy Duty Vehicle: HDV)=トラック」について考える。その燃料としてのその水素の調達・輸送・備蓄・充填のテクノロジーのインフラ作りから先行している、図1の4社以外の「日本企業」の先見もご紹介しよう(すべてが新しい)。

■注目されていない隠れた単語である「水素」

2023年5月のニュースリリースでは、トラックという一般消費者の目線からは遠い話題に加えて「CASE技術の共同開発」という大きな概念(消費者には意味不明)をテーマにした発表だった。あくまで自動車屋同士の起点での発表に見える。
(※CASEとは「Connected(コネクテッド)」「Automated/Autonomous(自動運転)」「Shared & Service(シェアリング)」「Electrification(電動化)」の頭文字)

クルマ事業としては当然ながらの「カーボンニュートラル」や「地球にやさしい」などの注目される、押さえておかないといけない定番の形容詞はリリース内に数度登場する。



図3:トヨタから発信されるプレゼンテーションにはしっかりと「水素」の文字が

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出所)トヨタイズム(2023年5月31日)



そして、この4社の座組の芯のツボは2,000文字のリリース文の中で一度だけ登場する「水素」と「社会インフラ」だ。その裏返しとして「電気・電動・蓄電・BEV(バッテリー式電動自動車)」などの単語は登場していない。技術エネルギーとして触れられているのは「水素」のみだ。

■バッテリーが荷物よりも遥かに重い大型トラック

大型トラック輸送の自動化という社会インフラへの道として、日本のトヨタ目線での事業マーケティングの展開作法が、今後の日本企業のお手本になると考える。

自動化の近道として「バッテリー式電動自動車(BEV)」を起点に、Teslaや中国のBYDそして、TeslaのBEVトラックである「Semi」に筆者も引き寄せられていたが、社会インフラであるトラックのメインエネルギーでの注目は「水素」だ。すでに、この4社間では「トラックはバッテリーでは無理」という判断で一致しているのがリリースのが行間に垣間見える。

トラックでは車載バッテリーの重さが「重し」になっている。たとえば、TeslaのモデルS(最高級モデル)のバッテリーパックの重量は544kg。ドライバーや搭乗者、荷物を合わせて100kg〜200kgを移動させるのに、その倍以上の重量のバッテリーを積んでセダンが走っている。モデルSよりも先発で発表された軽量のモデル3でも439kgのバッテリー重量があるらしく、その効率縮小もすでに頭打ちのようだ(後発のモデルSでさらに重くなっている)。

おまけに充電時間となると30分で満タンにならず、どうしても1時間弱かかってしまうのに航続距離はせいぜい200kmほどだ(重いくせに弱い)。それでも人の移動レベルのセダンなら許容の行動範囲だろう。

10トン長距離トラックとなれば、7トンのバッテリーを積んで3トンの荷物を運ぶという本末転倒な事態が起こる。さらに航続距離がたったの200kmでは、東京から静岡の手前でバッテリーが切れる。200kmごとに45分のバッテリー充電ということになりかねない。わずかな登りでも過大な馬力の要素も求められる。

今後バッテリー効率が引き上がったとしても、レアメタルの調達からリサイクルのことまでを考えると蓄電による大型トラックの走行エネルギーとしては効率が悪い。

■蓄電バッテリーはセダンのため

さらにBEVのTeslaの蓄電バッテリーは、どれだけ航続距離や効率を上げても輸送インフラ全体で見れば小さな世界である。たとえば、「1ヶ月(24時間×30日=720時間)単位での稼働時間」を分母として考えると、仮に1日2時間のBEVのTeslaを25日稼働しても合計50時間程で、エネルギー利用時間は月間10%以下の稼働に過ぎない。この小さな次元だからこそ、気になる部分が小さい「バッテリーちゃん」の議論だ。

これが経済インフラである商用トラックとなると、商業稼働率(積載率や空車率を加味する)では比較にならないほど大きい。輸送の重さを基準にすれば、年間約40億トン(イメージできないが重さのトン単位で海運の10倍)のサイズをトラック・道路・ガソリン(ディーゼル)・長時間ドライバーで動かしている「見えざる巨大インフラ」だ。トラック輸送を贔屓するわけではないが、クルマ移動・輸送におけるトラックのエネルギー消費比率(運輸部門のエネルギー消費の比率)は、商用トラックが半数を占める。

利用パターンが細分化されて統一が難しい乗用車ユーザーの動向に比べて、倉庫から倉庫への大型トラック輸送はパターン化、システム化が間もなく成立するはずというのが2022年7月号 Vol. 92の論旨だ。エネルギー効率があがるだけでなく、目指しているカーボンニュートラルへの貢献度は大だ。

■水素を「内燃(爆発)」させるか「燃料電池(電化)」させるか

ここで登場するのが「水素」である。トヨタの章男会長が自らハンドルを握りテストを繰り返していたあのエネルギーである(先見の明に感動!)。

水素動力には、「水素エンジン車」の方式(ガソリンの代替として水素をエンジンに吹き込みその内燃で動力にする)と、「燃料電池自動車(FCEV)」の方式(車体のなかで水素と酸素を反応させて電気エネルギーを取り出して走行)がある。ここで取り上げるのは後者のFCEVとする。こちらは「E(電力)」が含まれている。「水の電気分解」の逆の作用で電気を作り、動力とする。

章男会長はこれら水素の両面を支援しつつ、ロマンとして前者の「内燃エンジン」を富士スピードウエイの耐久レースに登用していた。一方、図1で発表した佐藤恒治社長の4社発表は、後者の「電化(燃料電池自動車=Fuel CellのEV)」である。トヨタのクルマ製品で例えれば「MIRAI」の技術方式だ。

ここでコトバのマーケティングが存在している。「電化」とは一切触れていない(強調されていない)部分だ。水素を使って電力で走らせるというセリフどころか、「水素」すらも脚光を浴びていない気がしないか(静かにスタートさせるというマーケティング)。

■水素の価格と調達方法が課題

水素によるクルマの動力や技術的な説明は割愛しつつ、今回は「水素の調達と供給」に光を当てる。このインフラ実現のための世界大手メーカー4社連合であり、日本の産業全体に大きなインパクトをもたらす「エネルギー」と「インフラ」への注目だ。

水素は地球上のどこでも存在しうる資源だが、取り出す(作る)工程にもエネルギーが必要で、さらに作られた液化水素を「極低温で運ぶ・備蓄する・充填施設へ分配する」という、まだまだ未発展の工程が発生する。とはいえ石油や天然ガスでも「運ぶ・備蓄・充填」を可能にした人類ならば、その延長線で水素の社会利用の発展の可能性は高い。

水素にも「グリーン水素」と「ブルー水素」が存在し、調達方法や産地にもばらつきがあるが、この説明も割愛する(詳細は筆者に個別打診を)。大きな課題は価格だ。現時点ではガソリン車のざっくり倍程度と価格差があるが、これもたったの倍というところにまで近づいている。ガソリン以下の価格に下げられる夢の燃料にも変身可能で、そのために「インフラ(=極低温で運ぶ・備蓄する・充填施設へ分配する)」が必要になる。

■クルマやトラックの開発から走行を支援する社会インフラへ

さてここからが本コラムの結論だ。上記の4社が共同体としての社会意義を打ち立て、日本政府や外郭団体の社会インフラとしての支援を求めれば、単なる企業努力(企業競争)だけではないB2G(対政府のビジネスモデル)のパワーが生まれる。



図4:燃料電池自動車、新規需要創出活動補助の交付決定場所

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出所)日本高速道路保有・債務返済機構



トヨタ1社が政府に持ちかけても「単なる営利目的」とみなされそうなところが、この日本を中心した国際的な4社ならば社会的な意義を持ち、新しい資産価値に発展できる(ダイムラートラックはドイツ、三菱ふそうの親会社ルノーはフランス)。

4社合同での大型トラック用水素燃料電気(FCEV)の実車開発程度ならば、もう車体はすでに完成しているようなものだ。

これらの世界を代表する企業が開発したクルマも、社会インフラとしての燃料充填施設が整わないと動けないくず鉄になる(参考ブログ:中国で大量に放置されるEVの墓場、参考:YouTube)。彼らが合同している意義とは、単に「良い製品をつくる」という意味合いの内向きな価値よりも、国家事業や政府を「動かせる」という意味合い(無形資産)が含まれている(図4参照)。

これは日本に閉じて他国に勝ち負けを挑む方程式ではない。グローバルのトヨタ、ダイムラー、ルノーの資本にてトラックという商用インフラを人口密集型の日本市場をサンプルとして成功事例が作れれば、近隣のアジア諸国にも応用ができる。

たとえば、韓国、台湾、インドネシア、マレーシアなど。さらにはダイムラートラックのお膝元のドイツなど、人口が密集している地域、交通大動脈で結ばれている地域ならば・・・


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