MAD MAN MONTHLY REPORT

Vol.140 Glossierの変調が示すD2Cの限界――卸の棚に吸収された 「事業価値」と資本のタイムライン





<7月号の目次>

◎ Glossierの変調が示すD2Cの限界――卸の棚に吸収された「事業価値」と資本のタイムライン

◎ スターバックス日本事業売却「サードプレイスの終焉」くつろぎの椅子の出費コストとブランド料の資産対価

◎ ALDIがWalmartを無視できる理由――「一等地」の定義は路面から床へ動いた

◎ 米国S&P500が示す「見えざる明暗」―― オンライン特需の終焉からみえた3年の構造変化

◎【コラム】MAD MANが読み解く日本発ニュースの現在地
 ◦ スニーカーは「クロックス化」するのか ―― 絶好調 On の「LightSpray」
 ◦ メルカリが始めた、CTO(AI)とCHRO の融合

Glossierの変調が示すD2Cの限界――卸の棚に吸収された「事業価値」と資本のタイムライン

 

<本章の論点>
•    Glossierが陥った「物品D2C」特有の症状(Casper・Allbirds・Everlaneと同型)
•    Sephoraで世界販売の最中に迫られた、清算人からの4,500万ドル借入の意味
•    Rhode・Rare Beauty・Merit・Fenty・Drunk Elephantとのステップ比較
•    「売却の窓」は卸に出る前に開き、出た後に閉じる――次なる二番目の山登りへの資本戦略

 

■コスメのカリスマ創業者が去ったGlossier

GenZ世代を牽引し、D2C(DTC)の最先端を走るお手本だったコスメブランドのGlossier(2014年創業)。カリスマと呼ばれた創業者エミリー・ワイス(Emily Weiss)氏が立ち上げた熱狂的なブランドは、他社から「どうすればこのような強烈なコミュニティを構築できるのか」と憧れられた。コスメ業界を超えてスタートアップの教科書となり、2021年には約2,000億円(18億ドル、当時レート)の値札が付いた。ニューヨークのSOHOを発信地とし、ファンがさらにファンを呼ぶ構造を増幅させ、ロサンゼルス、ロンドンなど12拠点まで自社店舗を広げた(図1参照)  

 

図1:エミリー・ワイス氏(左)とGlossierのLA店内の様子(右)




出所)左:Emily Weiss氏(elle.com) 、右:dezeen.com  

 

ところが、ワイス氏のCEO退任後、2代目CEO20232月にLVMH傘下のSephoraで小売・卸販売の拡大へアクセルを踏んだ。その後、3代目CEO20263月、12店舗のうち9店舗の閉鎖を決断した

 

直販か、卸か。これは一見、物流の棚の選択に見える。だが実は、「誰に、いつ、いくらで会社を売るか」という“時計”を動かしているのである。物品D2Cは、最初から最後まで行き当たりばったりで進めるものではない。資本の出口をめぐるシナリオそのものだ。まずはGlossierに何が起きたのかを、3代のCEOと資本政策の変化から確認していこう

 

■歴代CEOで何が起きたかを時系列で見る

創業者ワイス氏のカリスマ期、Cole Haan出身の2代目カイル・リーヒー(Kyle Leahy)氏の卸転換期、外部招聘された3代目コリン・ウォルシュ(Colin Walsh)氏による縮小再建期。10年間で経営は3代のCEOへと移った(図2参照)。

 

図2:Glossier歴代CEOの推移と資本政策イベント



出所)各リリース、報道より筆者作成

 

2025年10月6日に着任したウォルシュ氏は、「Ouai(ウェイ)」でP&Gによる買収の前後を通じてCEOを務め、P&Gスペシャルティ・ビューティー部門でもCEOを務めた「立て直しのプロ」だ。その打ち手は、リーヒー氏の任期中に拡張を180度反転させるものに近い

着任からわずか4ヶ月で、全社員約170人のうち54人(約3分の1)を削減した。2026年3月には9店舗の閉鎖を発表し、残すのはNY・LA・ロンドンの旗艦3店のみとなった。この3拠点が店舗売上の約55%、新規顧客獲得の約60%を占める。そして2026年6月8日、Tiger Financeから約67.5億円(4,500万ドル)のリボルビング信用枠(借入)を確保した

店舗閉鎖と人員削減だけなら、事業の身軽化や収益改善とも読める。だが、4,500万ドルをどこから借りたのかを見ると、Glossierの現在地はさらに鮮明になる

 

■4,500万ドルの貸し手「Tiger」の正体、清算人の隣にある窓口

Tiger Financeの親会社Tiger Capital Groupは、米国小売業界における単なるノンバンク、つまり温厚な金貸しではない。業界屈指の「清算・再生スペシャリスト」だ。「トイザらス」「バーニーズ・ニューヨーク」「手芸チェーン・ジョアン(Jo-Ann)」「老舗楽器店サム・アッシュ」などの大型破産や店舗閉鎖セール(Going-Out-of-Business:GOB)を主導してきた当事者である

Glossierが銀行シンジケートでもベンチャーデットでもなく、清算専門集団の窓口から借りるという事実は、通常の成長資金を調達するルートが閉ざされたことを意味する

 

図3:Glossier「資本のモノサシ」の下り階段



出所)各リリース、報道より筆者作成  

 

日本語で言えば「動産担保融資(ABL)」である。借入金額の上限は、在庫や商標のNOLV(秩序だった清算手順での正味回収価値)が基準となる。つまり借入枠はブランドの未来への投資ではなく、「今この瞬間に在庫と商標を売り払ったら、いくら回収できるか」で決まる。清算によって回収できる見込み額の範囲だけ、一時的に貸し付けてもらう仕組みだ。Glossierの評価軸(モノサシ)は、この4年間で4段階もきり下がった(図3参照)

2021年には、売上マルチプル(成長期待)をもとに約2,000億円(18億ドル)と評価された。2026年には、在庫と商標を清算した際の回収価値を基準に資金を借りる状態になった。では、なぜ熱狂的なファンを持ち、Sephoraで世界販売を進めたブランドが、ここまで評価を下げたのか

 

■コスメ品という物販を起点とするD2Cの落とし穴

物品を起点とする新ブランド事業の第一関門は、モノを日常に根付かせ、事業として自立させ、その熱量を資産価値へ転換して次の土台へ再投資する「ギアチェンジ」である。(本章の“物品起点”とは主にCPG ──アパレル、食品・飲料、化粧品、日用家庭用品などの消費財を指す。スマホ・パソコンなどの通信機材や医薬品など許認可商品は除く)

事業主にとっては当然の基本だが、ソフトウェアやサービス事業と異なり、物品起点のブランドは、「とにかく愛される商品を売り、販売個数を増やすこと」で、その努力がいずれ事業価値を引き上げるはずだと思い込みやすい。

そして消費者側も、売上高の伸びに加え、記事での紹介数やSNSの閲覧数、口コミなどの評判といった「数字で見える人気」によって購買を判断しやすい。この引力に従い続けた先で何が起きるのかを、Glossierが実演した。

 

■販売拡大の重視が消費者の評価を下げる

Glossierの店舗閉鎖ニュースに対する消費者の反応の多くは、「驚かない(not surprising)」だった。不満の中身は数年来、一貫している。「最近の新製品は品質が伴っていない」「ビューティー企業であることから離れ、フーディやバッグに注力している」「初期の処方が持っていた独自性が消えた」など、SNS上での声が多く聞かれる

さらにGenZ世代のdupe(安価な模倣品)志向による価格圧力が加わる。「ドラッグストアコスメ」カテゴリーとしてNYXやe.l.f.が6ドル前後で「これで十分」だと思える代替品を供給している。そこで、18〜22ドルの値札を付ける根拠が崩れる。Olaplexの失速要因(2025年12月号 Vol.133)で指摘した構図と同じだ(図4参照)

 

図4:安価な代替品「NYX」(左)「e.l.f.」(中央)の台頭で高価格帯ブランド「OLAPLEX」(右)の熱狂が冷める



出所)左:nyxcosmetics.com、中央:elfcosmetics.com、左:olaplex.com 

 

しかも今日の消費者は、SNSでトレンドを追いかけるだけではない。むしろトレンドから少し距離を置き、成分や処方の臨床的な信頼性まで、AIに尋ねて自ら確認できる。バイラル美容トレンドの平均寿命は、かつて数年単位だった感覚から、3〜4週間まで縮んだ。Glossierの直営店でもSephora店頭でも、商品がこの移り変わりの速度に追いついていない。

ただし、消費者評価の低下だけでは、LVMHがGlossierを買わなかった理由をすべて説明できない。買い手側の事業構造も変わっていたからだ。

 

■買い手に求める成長余白と「買収の代替品」となる卸の棚

2代目リーヒーCEOは2024年、LVMHと買収に関する接触を持ったが、実らなかった。原因はGlossier側のブランド毀損だけではない。LVMHのビューティー事業は、「Dior(創る)×Sephora(流す)」の二極で設計されている。この二極を強化しない周辺ブランド群を整理する構造転換が進み、創業12年目のGlossierを「買う理由」そのものが消えていた。

実際、LVMHの自前のインキュベーターKendo Brandsは手仕舞いを進めている。KVD Beautyをすでに売却済み、Lip Labも売却を検討している。決定打は、40色のファンデーションで一世を風靡した冠ブランド、Fenty Beauty by Rihannaの持分50%の売却検討だ。胴元自身が、自分の札を手放そうとしている。

Sephoraは卸マージン(推定40〜50%)、棚のデータ、会員との接点を、ブランドを買収せずに手に入れる。衰えたブランドは、次の新星に入れ替えるだけでよい。GlossierがSephoraの棚で初年度1億ドルを売り上げた瞬間、LVMHにとってGlossierは「買収候補」から「棚の賃借人」に変わった。すでに取り分は得られているため、買う理由が構造上消えたのである。

 

■Rhodeとの “ま逆” 比較にみる「卸に出る前」という企業価値のピーク

この構造を裏側から証明したのが、ヘイリー・ビーバー(Hailey Bieber)氏がプロデュースする「Rhode」だ。2025年5月、e.l.f. Beautyが約1,500億円(10億ドル)で買収した。Rhodeは創業3年、SKUはわずか10、販路はrhodeskin.comのみ。純売上約318億円(2.12億ドル)で黒字だった。

RhodeのSephoraでの販売開始は「買収後」に、買収者であるe.l.f.の手で実行された。Rhodeは、チャネル拡張というオプションを未行使(温存したまま)での売却となった。買収の値札は、売上の実績ではなく「これから伸ばせる余白」につく。

これとは反対に、GlossierはSephoraで初年度1億ドルという実績を作った。その代わり、本来は買収者が自分の手で行使するはずだった成長オプションを、先に消費してしまった。LVMHに見せられたのは、「もう伸ばした後の数字」だけだった。売却の窓は、卸に出る前に開き、卸に出た後に閉じる。

同じSephoraの棚に並ぶライバルの選択も補助線になる。セレーナ・ゴメス氏の「Rare Beauty(2020年創業)」は、2024年に約3,000億円(20億ドル)規模の売却またはIPOを検討した後、独立継続を選んだ。「Merit(2021年創業)」はGoldman Sachsを起用して検討中だ。「売る・売らない」を決める以前に、全員が “窓の位置” を測っている。測らないまま窓の外へ出てしまったのがGlossierだ、と捉えたい。

株式投資の格言と同じく、物品D2Cの資本戦略にも「ニュースが出た瞬間に利益確定売りが出る」「材料出尽くし(織り込み済み)」となる時計がある。読みたいのは、売却の時計と、売却で集めた資金を再投資する「第二の山登り」のタイミングだ・・

 

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