MAD MAN MONTHLY REPORT

Vol.126 なぜWarby Parkerは黒字化できたのか ─ “店舗×保険”が描くD2Cの新しいカタチ




<5月号の目次>

◎ なぜWarby Parkerは黒字化できたのか ─ “店舗×保険”が描くD2Cの新しいカタチ

◎ NIKEがD2CからASINヘ ─ ブランド戦略の再構築

◎ 「ネットゼロの罠」が生む巨大なAI電力のアキレス腱 

◎ 【コラム】AIが守るのは誰の生命か ─ スペイン大停電に見る意思と電力の主導権

◎ 【コラム】QRコード決済は「日本独自のガラケー規格」と同じ末路を辿るのか

◎ 【コラム】MAD MANが解説する日本でのニュース


なぜWarby Parkerは黒字化できたのか─“店舗×保険”が描くD2Cの新しいカタチ

 

図1:Warby Parkerにおける近年の店舗外観および内装の事例 

出典) First Quarter 2025 Earnings Report p.11 

 

本章では、日本国内ではあまり触れられていない「D2C黒字化のツボ」に焦点を当て、アイウェアD2Cの代表格「Warby Parker」の事例を取り上げる。

Warby Parkerは2021年の上場以降、赤字決算が続いていたが、2025年第1四半期に初の黒字決算を報告した。報道では、主に店舗拡大(=紙芝居側)が成長の要因とされているが、実は、“重たい側のデータ(=飴玉側)”である医療保険の市場で二年かけて地道な交渉を積み重ねて下地を作っていた。 

                 
Warby Parker、上場以来初の四半期純利益を計上
202558 Retail Drive
出所:https://www.retaildive.com/news/warby-parker-first-quarterly-profit-tariff-trade-uncertainty/747547/ 

<以下抜粋>
ワービー・パーカーがTargetと共同で「Shop-in-Shopをオープンするという2月の報道を受けてのものです。アイウェアブランドであるワービー・パーカーは、今年後半までに5店舗をオープンする予定。 
                 

アイウェアは、医療機器としての機能性とファッションとしての嗜好性という二面生を持つカテゴリーだ。Warby Parkerはこのカテゴリーにおいて、D2Cモデルを起点に、「視力ケア」と「保険」をレバレッジとした戦略転換を図った。単なる製品販売型D2Cブランドから脱却し、医療、保険、アイケアサービスを統合した“ビジョンケア・プロバイダー”へと進化を遂げている。

Warby Parkerの戦略の核心は、事業の多角化(水平展開)ではなく、LTV最大化に向けた垂直方向の深掘りにある。具体的には、「高額化:保険適用による単価上昇=顧客ロイヤルティの獲得」や「永続化:眼科検診や処方に基づく継続的な来店=LTV向上」だ。このような転換は、米国内でも報道では見過ごされがちだが、地道な営業活動と制度交渉を通じて築かれた成果が根底にある。

 

■サブスク型D2Cとの本質的な違い 

Warby Parkerの近年のビジネスモデルは、かつて話題を集めた「ひげ剃り系D2C」に代表される消費財サブスクモデルとは根本的に異なる構造を持っている。

たとえば、2016年にUnilever10億ドルで買収した「Dollar Shave ClubDSC)」2019年にEdgewell(Schick親会社)が13億ドルで買収した「Harry's」などは、「サブスク型D2C」というフォーマットそのものが注目された事例だ。しかし、これらの事業モデルが長期的な収益基盤となったケースは多くない。

実際、Unileverは2023年にDSCの売却を発表している。月額プランも、1ドル(本体+替え刃5個)から9ドル(本体替え刃4個)と単価が極めて低く、ARPU(顧客単価)の限界が浮き彫りになっていた。

D2C初期の魅力は、商品の自動配送による「継続性のある収益モデル」にあったが、消費者側からは「使い切れない」「想定よりも利用頻度が低い」といった声も多く、「利便性の押しつけ」という逆風が生まれた。その後、事業者側も「都度購入」や「スキップ機能」など柔軟な選択肢を導入したが、それによって利益構造が劇的に改善された例はごく少数にとどまっている。

一方、Warby Parkerはこうした表面的な仕組み変更ではなく、医療保険という“重たい側のデータ”に着目し、ビジネスモデルの根幹を再設計した。サブスクではなく、継続的な医療サービス提供という本質的なLTV向上策に舵を切った点が、最大の差異といえる。 

 

■配送品D2Cでありながら実店舗を約300店舗にまで拡大  

 

図2:Warby Parkerの北米における店舗数は300店舗に迫り最大900店舗までの展開が可能だとする  

出典)First Quarter 2025 Earnings Report p.10  

 

現在、Warby Parkerは北米で約300店舗を展開しており、将来的には最大900店舗までの拡大が可能と公表している(図2参照)。メディア報道では、同社の黒字化を「店舗数の拡大=売上増加」と単純に捉え、従来型のフランチャイズ的手法の延長線上で報道されているが、内容は全く違う。(例:「Target店舗内へのShop-in-Shop」)

 Warby Parkerは、もともとオンライン完結型のD2C事業として創業し、自宅にいながらメガネを選び、試着し、購入できる顧客体験を構築してきた。 

・メンズ用:https://www.warbyparker.com/eyeglasses/men 
・レディース用:https://www.warbyparker.com/eyeglasses/women

ユーザーは上記サイトから5本の試着用フレームを選択すると自宅に無料配送してくれる仕組みを利用可能だ(図3参照)。このモデルは、2020年頃の外出自粛から始まったトレンド(気づき)で、その波に乗ったD2Cビジネスであった(2021年NYSE上場)。

なお、サイト上で表示されているメガネの価格「最低 $95〜」で、検眼後の基本レンズ込み(乱視や累進レンズなどの特別加工を除く)の価格である。

 

図3:店舗に出向くことなくオンラインで試着用サンプルを取り寄せ可能。返送用のラベルも同封されている  

出典)筆者撮影  

 

■Warby Parkerの主要業績指標(KPI) 

まず、Warby Parkerの事業規模およびパフォーマンスの概要を、日本の主要メガネ販売企業との比較を交えて整理する(為替レートは1ドル=140円換算)。

【企業価値・業績関連】
・企業時価総額:約3,000億円(5億ドル
 参考:ジンズHD:2,120億円/Zoff:670億円/Japan Eyewear Holdings:590億円
・総利益(2024年末):約1,080億円(7億ドル)
・営業利益(2024年末):▲4億円(▲2.0億ドル)

【顧客指標・収益性】
・アクティブ顧客数(2025年Q1):257万人
・年間顧客単価(ARPU):約43,000円(310ドル)

【店舗数】
・北米店舗数(2025年Q1):287店舗(米国282、カナダ5)
 参考:JINS(日本国内)=509店舗、Zoff(日本国内)= 305店舗
・単店舗あたり年間収益(2024年末):約2億8,000万円(200万ドル)、利益率約35%

米国企業と日本企業を単純に比較することは難しいものの、Warby Parkerは赤字であったにもかかわらず、日本の同業他社を上回る企業価値がある。これは、今後のアクティブ顧客数(現在の推定公表が257万人)と顧客単価(ARPU約43,000円)によって将来的な拡大が見込まれているためであり、将来の収益性や市場拡大を見越した評価が現在の企業価値に反映されていると捉えることができる。 

 

■Warby Parker店舗は医療保険利用の「導入窓口」として拡大

 

図4:Warby Parker店頭における検眼サービス(医師常駐)の告知掲出の様子(2022年、NY市内SOHO地区)  

出典)筆者撮影  

 

米国では、日本のメガネ店のように有資格者が視力測定をおこなうだけでは不十分で、視力検査を含む眼科的サービスは、医師免許(Doctor)を有する医師によっておこなう必要がある。そのため、ユーザーは事前予約の上で診察を受ける必要があり、保険を適用しない場合には診察料として約1万円程度を自己負担するのが一般的である。

Warby Parkerはこの制度を踏まえ、2024年末時点で276店舗中236店舗に、対面で検眼サービスを提供できるDoctorを常駐させている(図4参照)。いわば、店舗をメガネの陳列場所ではなく、契約医師を備えた“総合ビジョンセンター”として投資・開設しているイメージだ。

日本のメガネ店のような視力数値の計測だけをおこなうわけではない。Doctorが診るからには、視力検査だけではなく、眼底検査や眼圧検査といった人間ドックに近い詳細なチェックも受けられる。その際に内臓疾患などの兆候が眼底などから発見される場合もあるため、ビジョンセンターと称しているのだ。

もちろん「オンライン検眼アプリ(Virtual Vision Test)」などのハードルを下げる気軽なテクノロジーサービスも提供しているが、最終的には医師の診断が必要になる。店舗はアプリで見つかった問題を診断するご近所の駆け込み寺の機能を持つ。

 

■Warby Parkerの営業戦略シフトの取り組み 

米国においては、メガネやコンタクトレンズに関連する視力検査や眼のケアが“医療行為”として位置付けられており、医療制度や保険制度の下で厳密に管理されている。この点を踏まえて、日本の眼鏡業界との比較で米国の制度的な背景を特殊な例とカンタンに割り切らないでおこう。

むしろ、こうした制度の違いこそが、将来的な日本における制度改正や市場変化の“示唆”や“予兆”となる可能性を含んでいる。たとえば、現在議論まっただなかの日本の高額な社会保障費(厚生労働省管轄)の用途が、国民へのベネフィット拡充へと広がる可能性が含まれている。

Warby Parkerでさえが、この舵取りを始めたのが2023年~2024年であり、視力ケア事業を医療保険と連携させる方向への営業戦略のシフトに着手した。その地道な取り組みの成果が、2025年に入ってようやく目に見えるかたちで表れ始めているのが現状だ・・・

 

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